| 1月11日のWARUKO |
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| 「揚げ餅」 |
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WARUKOのチャームポイントは、にゃんと言ってもこのぷくぷくおなか。
WARUKOmamaは、このWARUKOのおなかそっくりのものが、何かあったような気がして、一生懸命思い出そうとしてるんだけど、中々思い出せません。最近身近で見たような気がするんだけどにゃあ……こんな風に白くて、丸くて、安定感あるもの……
あああああああああっ! アレだぁ!
突然WARUKOmamaは気がつきました! WARUKOのおなかそっくりのもの! それは……
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鏡餅ぃ!
白くて丸くて、ででんッとしたこの安定感は、まさにWARUKOのおなかだぁ! |
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WARUKOmamaは、座ったまんまうとうとし出したWARUKOにちょっといたずらしてみました。
「WARUKO、起きて起きて!」 |
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「にゃに?」
「見てみなよ! WARUKOのおまたンとこ!」 |
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「え? おまた? にゃ……にゃ……」 |
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「ま、まさか、またこんなとこから出て来ちゃったにゃんて……」
またまたWARUKOの分身達が生まれたときみたいに、(分身誕生話は、去年の4月19日の日記にあるにゃん)WARUKOはびびってしまいました。
「ごめんごめん。WARUKOmamaがちょっといたずらしただけだよ。これは鏡餅! 今日は鏡開きなんだよ」 |
「鏡開き?」
「そう。お正月に神様や仏様にお供えしたお餅をね、食べる日なの」
と、WARUKOに説明しつつ、実はWARUKOmamaは、もう二十年以上、鏡開きの日に鏡餅を食べていませんでした。最近の鏡餅は真空パックされていて日持ちするから、ついつい、保存食置き場行きにしてしまうのです。
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まだ真空パック鏡餅がなかった頃、鏡開きと言えば揚げ餅でした。むき出しでお供えされていた鏡餅は、鏡開きの頃にはカラカラカチカチに乾燥して、ひび割れたり、カビが生えたりしていました。それをトンカチで割って、油で揚げ、塩をふり、食べたものです。WARUKOmamaはあの揚げ餅が大好きでした。でも真空パックの鏡餅では、あれは作れません。
その昔、明治生まれのおじいちゃんとおばあちゃんが生きていた頃、WARUKOmamaのウチでは、お正月用のお餅と鏡餅を作る為に、年末、お餅つきもしたし、おせちも全部手作りしていました。
お餅つきしている傍らに、れんたんがいくつも並んで、黒豆、白豆、うずら豆、そして昆布巻きが、何時間もかけて煮ふくまれて行くんです。
WARUKOmamaは子供の頃から、お餅もおせちもあんまり好きじゃなかったので、「こんなのより、ボンカレーがいい」とわがままを言っては、叱られていました。
もう、あの頃の風景は、どこにもありません。おじいちゃんが亡くなってから、お餅つきはしなくなり、おばあちゃんが亡くなってからは、料理ギライのWARUKOgran’maが、おせちをどんどん簡略化、そして真空パックの鏡餅の登場で、鏡開きに揚げ餅を作ることもなくなりました。
おばあちゃん、ごめんね。おばあちゃんの味を、WARUKOmamaは受け継いでいません。いまだに実家の縁の下には、れんたんがゴロゴロ残っているのに、WARUKOmamaは圧力鍋で、昆布巻きを作っています。鏡開きにも、お餅を油で揚げてません。
でもね、あの頃の風景はWARUKOmamaの記憶にしっかりと残っています。そして毎年、お正月になると、おばあちゃん、おじいちゃん、そしてWARUKOgran’paがいた頃を思い出します。そんな想い出話ができる人、聞いてくれる人がいる限り、まだまだおばあちゃん達も「生きているんだ」と痛感します。
未来も大事だけど、時折過去を振り返る時間も、大事にしなくちゃなぁと思います。
「そうだ! いいこと考えた!」
と、突然WARUKOが言いました。
「何?」
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「あのにゃん、真空パックの鏡餅開けて、カラカラカチカチのヒカラビ君ににゃるまでほっとけばいいんだにゃん。それから油で揚げれば、想い出の揚げ餅、作れるにゃん!」
「おおお! にゃるほろぉ!」
鏡開きの日からは随分遅れちゃうけど、でもいっか!普通に食べるよりも、 あの揚げ餅を二十ウン年ぶりに味わう方が、きっとおばあちゃん達も喜ぶよね!
WARUKOのおかげで、今年は懐かしい味に再会できそうです。
いやあ、流石、WARUKOです。ダテに「鏡餅腹」してないにゃん! |
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