|
小山ゆう原作の傑作長編マンガ「あずみ」がようやく映像化された。
これまで、あちこちから何度も映像化の話があったが、小山ゆうさんは断り続けてきた。
映像化するなら、アニメではなく実写で、しかもプロデューサーは山本又一朗氏でと言い続けて来たそうだ。
それもそのはず、小山ゆうさんの名前の「山」は、山本又一朗さんの「山」なのだ。ちなみに「小」の方は、「小池一夫」氏の「小」だそうだ。それだけでも実に生真面目な人だと分かる。
私はその昔、小山ゆうさんと同じ草野球チームで何試合かご一緒させていただいたが、一昨日の試写会で挨拶したときには全く覚えてらっしゃらなかった。残念。あの頃は私も新人ライターだったからしょうがない。
その小山ゆうさんの手による「あずみ」の原作は見事だ。
少女に武士道を生きさせるやり方は、エンターテイメントとして最高だと思う。
原作も、回を追うごとに、ハイレベルになって行く。
小山ゆうさんの筆が自然に走っていく感じがして見事だ。
そして今、映画にCGが普通に導入される時代になって映像化され、「あずみ」は生きた。主演の上戸彩が素晴らしい。まだ彼女は17歳だ。美術や殺陣などのスタッフも見事だった。脚本に関しては私もその道のプロなので、素直に絶賛はしない。しかも、「水島力也」という脚本家は山本さんだから、私は簡単には誉めない。
試写会のあと、山本又一朗氏と飲みつつ話したが、かなり厳しいスケジュールの撮影だったそうだ。なんたって上戸彩というアイドルが主演なので、いわゆるケツカッチン。一日も撮影を延ばせない状況の中での撮影だったそうだ。それなのに、クライマックスの200人斬りと、オダギリジョーとの対決は見事だった。監督北村龍平が頑張ったのだろう。
その試写会に招待されたので、一応、礼儀だと思って、批評もしちゃいました。ある重要なセリフに関して、私がちょっと批判したら、山本又一朗さんは「なんでだ。俺はあのセリフ、うるうるして書いたんだぞ」と不満気に言ってましたが、次の瞬間には、とってもうれしそうに「そういう意見が欲しかった」ととっても喜んでた。そういうところが山本さんはすごいのだ。本当にうれしそうに、私の批判を喜んでるのだ。
今の若い人は、山本又一朗さんの名前を知らないと思う。
「ベルサイユのばら」を若干28歳で映画化した人です。ベルサイユ宮殿に世界で初めてカメラを持ち込んだ人です。その前、単身アメリカに渡り、「アメリカンバイオレンス」という傑作ドキュメンタリー映画を全くひとりで作った人です。今、「ボーリングなんとか」という映画が話題になっているが、あの手法を二十数年前にたったひとりでやった人です。その後、「がんばれ、タブチくん」「小説吉田学校」「太陽を盗んだ男」「プロ野球を10倍楽しむ方法」そして中森明菜の主演映画など作り、そして日本を追い出されてハリウッドに渡り、コッポラを引きずり込んで、「ウインズ」という映画を作った人だ。今回の「あずみ」に関しても、コッポラを巻き込んで映画宣伝を展開し、アメリカでも公開するつもりだとのたまってた。すごいわな。
この山本さんとの思い出はいっぱいありすぎて、ここでは語れない。でも、ひとつだけ披露する。かつて私が脚本で、山本さんがプロデューサーで脚本を作っていたとき、どうしても抜けられないシーンがあった。旅館に籠もって何人かで苦しんだ。私は脚本家として何かいいアイデアを出さなければいけないと焦っていたとき、山本さんが突然畳の上をのたうちまわり「ああ! 俺はなんて才能がないんだ!」と呻いたのだ。その瞬間、私はこの人に一生ついていってもいいと思った。大抵、脚本で難しい局面になると、脚本家の仕事になる。それをあの人は、自分に才能がないと呻いたのだ。それだけ作品に責任を持っているのだ。
あれからもう二十年はたつ。そしてまた山本又一朗さんと仕事をすることになった。
正直ウキウキしている。あのバイタリティに接するだけでうれしい。あの熱さがうれしい。
山本さんと仕事をすることで、もう一度、映像に対する情熱を取り戻したいと思っている。
|